はつおい歯科室べいちょうです。
私はTHIS IS ME という映画が好きです。
映画というか、作中に流れる歌が好きです。
主題歌であるThis Is Meでは、私は傷ついてもしまうけれど、それを押し返す力を私は(みんなも)もっているんだ。どんな言葉で傷つけようと私の行進は止められない!と、そんな力を感じでしまいます。
From Now Onでは、世間でどんなに賞賛されたところで、僕は満足出来なかった。それで尚更頑張ってみたんだ。でも、そんな事よりも、家族が大切なんだ。たくさんの人に褒められて認められたいなんて勘違いだった。君に、君だけに認めてもらえれば。それだけでいい。明日からじゃ駄目だ。今日から、すぐにでも帰って君に褒めてもらいたい。僕は勘違いしていたよ。本当に大切なのは君なんだ。君だけなんだ。こんな僕を許してほしい。今さら気が付いたんだ。僕は君がすべてなんだ。そんな想いを感じます。
一番好きなのはA Million Dreamsです。僕は目を閉じると夢に起こされてしまう。恐る恐る夢に入っていくけれど、それでもそこは凄く落ち着くんだ。人はおかしいって言うかもしれないれど、正気を失ったと言うかもしれないけれど、目の前のものよりも鮮やかな世界が目を閉じると広がっているんだ。それが現実にならないなんて信じられない。僕と一緒にその世界を創ってみよう。夢の世界を創ってみよう。その世界に、一緒に走り出そう。そんな夢物語の様な、淡い恋心と未来への希望を与えてくれるようで、大好きです。
さて、そんなポエミーな内容から引きずり下ろすわけですが、ThisIs MeにしろFrom Now OnにしろA Million Dreamsにしろ、それを謡うには資格があると私は思っています。権利には義務を伴うというやつですかね。This Is Meで「行進(Marching)」という表現を使えるのはそれに体を張って参加する人だけだと思っているんです。全力で体当りして、全身傷だらけで、それでも一歩ずつでも進む人を行進と表現する気がするんです。
From Now Onも、もし口だけの人であれば、口にするだけでも軽薄で軽率で、酷く無神経な言葉です。もとからの行動力があるからこそ、たった今から、今夜から、という言葉に信頼があるのです。
A Million Dreamsでも、夢を実現する努力をしているから、歌詞が途中から「I」から「We」に変化出来ると思うんです。タイトルに入る「A」も、みんなも持っているMillion Dreamsのうち、私が思い描く(たった)100万の夢は叶えられる、というような意味だと思います。(私は英語的素養はありませんので勘違いかもしれませんが。)でもやっぱりたくさんの夢をみていないと、叶えられないと思うんです。少なくとも100万くらいの夢がないと、夢は叶えられないんだと、思うんです。
全身全霊でぶち当たって、傷だらけになろうが歩を止めないで、素直に自分のあるべき姿を振り返って、その上で夢の為に、やっぱり歩みを止めない人が「This Is Me」とか細くとも言えるのだと思います。
今時、権利を振りかざして声高に喧伝することがあたかも良いことのように謳われますが、前提がすっ飛んでいるというか、前略が言葉だけでなく意味さえ略されているような恐怖を感じますね。
私個人としては、権利という言葉はビジネス(金儲け)で使われる言葉であって、その消費者にはなりたくないなと思っているところであります。
美徳という言葉が消え失せそうな昨今ですが、自分の信じる美しさだけは見失いたくないものですね。