はつおい歯科室 べいちょうです。
「社会人に成る覚悟」と聞くと、
何か大それた決意や、
根性論のようなものを想像してしまいがちです。
でも、私はそこまで大げさなものではないと思っています。
社会人に成る覚悟とは、
何かを“頑張る”覚悟ではなく、
何かを“引き受ける”覚悟 なのではないでしょうか。
目次
■ 誰の責任か、を引き受ける
学生の頃は、
うまくいかないことがあっても、
- 教え方が悪い
- 環境が合わない
- タイミングが悪い
そう言える余地が、たくさんありました。
社会人になるということは、
それらを一度、胸の内にしまって、
「それでも、自分が引き受ける」
と決めることだと思います。
理不尽が無くなるわけではありません。
ただ、理不尽に対して
「どう扱うか」を自分で決める立場になる。
それが、覚悟の一つ目です。
■ 「分からない」を、自分で埋めにいく
学生時代は、
「分かりません」で許されます。
社会人になると、
「分からないまま放置する」ことが、
誰かの損失になります。
患者さんの時間かもしれないし、
同僚の労力かもしれないし、
会社の信用かもしれません。
社会人になる覚悟とは、
「分からない」を、誰かに投げ返さない覚悟
でもあります。
調べる。
聞く。
試す。
確認する。
その一手間を、
自分の責任として引き受ける。
■ 時間を「使う側」から「預かる側」へ
学生の時間は、自分のものです。
社会人の時間は、
誰かから預かっているもの になります。
患者さんの予約時間。
同僚の段取り。
医院全体の流れ。
時間を雑に扱うことは、
その人を雑に扱うことと、
ほぼ同義です。
社会人になる覚悟とは、
時間を“自分の自由”として扱わない覚悟
なのだと思います。
■ 評価されない仕事を、引き受けられるか
社会に出ると、
評価されない仕事が、想像以上にあります。
- 誰にも気づかれない準備
- トラブルを未然に防ぐ行動
- 面倒な調整役
学生のように
「頑張ったね」とは言われません。
社会人になる覚悟とは、
評価されなくても、
必要だと思ったことをやる覚悟
でもあります。
■ 「守られる側」から「守る側」へ
完璧である必要はありません。
強くある必要もありません。
ただ、
誰かの安心を、少しだけ背負う
その自覚を持つこと。
患者さん。
後輩。
同僚。
職場。
社会人になる覚悟とは、
守られる立場を卒業すること
なのだと思います。
■ 覚悟は、一度決めたら終わりではない
社会人になる覚悟は、
一度決めたら完成するものではありません。
日々、揺らぎます。
逃げたくもなります。
楽な選択肢も、常に目の前にあります。
それでも、
「今日は、引き受ける方を選ぼう」
と、その都度決め直す。
それを続けている人が
「社会人」かもしれない。
社会人になる覚悟とは、
特別な才能でも、
年齢でも、
肩書きでもありません。
逃げずに、引き受け続ける姿勢
ただ、それだけなのかもしれませんね。


