はつおい歯科室 べいちょうです。
三線のコンクールの課題曲の練習が、ようやくひと段落しました。 と言っても、まだ結果も出ていないのに、すでに来年の課題曲を練習し始めているという「せっかち」ぶりなのですが。
こんな年になって「コンクール」だなんて言っている事が、何となく恥ずかしくもあります。ですが一方で、神奈川に居た頃の多忙な日々ではこんな事はできなかったなと思ったりして、今の浜松での生活を心から楽しんでいます。
とはいえ、私が三線を始めたのは、その神奈川にいた頃のことでした。 休みの日にベランダに出て、(下手くそなのに)ずっと三線を弾いていたのです。今思えば完全な近所迷惑ですね。 しかし、当時の私にとって、それは精神の維持と安定のためにどうしても必要な「逃避の手段」でした。
そんな逃避の手段だった三線が、今ではコンクールという「プレッシャー」のひとつになっているのですから、人生とは面白いものです(笑)。
しかし、こんな年になっても、歌や楽器の先生から真っ直ぐに「お叱り」を受けられるというのは、本当にありがたい事だと思っています。 毎日、歯科医院という自分の城に籠って「院長先生」と呼ばれ続けていると、知らぬ間に自分が「裸の王様」になってしまいそうで、時々無性に恐ろしくなるのです。
また、楽器が弾けるというのは良いもので、頭がタスクやモヤモヤで埋まりそうな時、無心になってただ弦を弾くことで救われる瞬間があります。
そういえば、私の母はピアノが得意で、ストレスが溜まると延々とピアノを弾いていたそうです。ずいぶんと昔、実家が引っ越す時に「ピアノは絶対に家に無いといけない」と呟いていたような気がします。
さらに言えば、私の祖母は三味線を弾けたそうです。 今も我が家には、その祖母の三味線が残っています。胴の皮は破れ、弦も無いので弾くことはできませんが、「いつか直して弾いてみたい」と、ずっと大切にしまってあります。
さて、コンクールがひと段落して完全な開放感に浸れるかと思いきや、6月には浜松合唱団の定期演奏会が控えており、まだまだ緊張感は続きます。 それでも、目の前のハードルを一つクリアすると、何だかホッとした安心感がありますね。
去年のコンクールの結果は、確か6月頃にお知らせいただいたように記憶しています。 その結果に少しそわそわしつつも、また「次へ、次へ」と色々なことを考えていく毎日です。
明日は今日よりも少しだけ、新しい自分になって踏み出せる。 そんな風に成長し続けたいなと、三線の音色に重ねて思う今日この頃です。


