はつおい歯科室 べいちょうです。
一時期、「映える(ばえる)」という言葉が流行ったように思いますが、今でも使われているのでしょうか。 私としては「写真写りが良いこと」だと理解しているつもりなのですが……私の知識はその程度です。
聞くところによると、今の飲食店はこの「映え」にひどく悩まされているそうです。 売れるためには味がどうこうよりも「見た目」が重要で、見た目が良くないと今度は「バズらない」という、これまたよく分からない言葉が出てきます。
「その食べ物を買ったよ」という証拠写真をSNSにアップロードすることが一種のステータスになる……という認識で合っているでしょうか。何しろ、私にとっては謎めいた文化です。
衝撃的なのは、写真を撮った後、ひと匙ほど口に入れただけで残りを捨ててしまう人がいるのだそうです。 私のような「ケチな食いしん坊」には、到底信じられない世界です。
飲食店の方々が心を痛めているのは、丹精込めて作ったものを食べてもらえずに廃棄されること。そしてもう一つは、その熱狂が**「一過性の流行で終わってしまい、長く続かないこと」**だそうです。 どちらもお店にとっては死活問題ですよね。
流行に乗ってさばききれない忙しさに疲弊し、新商品を開発する時間もないまま期限が近づき、別のお店の新しい「映え商品」が出たとたんにブームが去る。 もし忙しいからと人を雇ってしまっていたら、売れなくなった商品の材料代、人件費、水道光熱費、家賃がのしかかり、急転直下の店じまいです。本当に怖い世の中です。
そんな中で、3年、5年、10年、20年と長年商売をされている先輩方は、着実に日々を過ごされています。 大きな「バズ」はないかもしれないけれど、店をたたむことなく、お客さんが来てくれて笑顔で帰ってくれる。 大行列ができる店ではないけれど、手の空いた時間にはお客さんとゆっくりお話もできる。
果たして、どちらの方が幸せかと考えてしまいますね。
この「バズ(大量消費)」を追い求める時代に、「SDGs(持続可能な開発目標)」という言葉が同時に流行していることが、私には非常に不可思議でなりません。
本当に「持続可能性」を訴えるのであれば、現状に満足し、過剰な装飾品や嗜好品は作らず・買わず、電化製品も極力使わずに、その日暮らしで野菜を生でかじる。そして消費を減らし、働く時間も減らす。 究極的には、これが真のSDGsだと思うのです(少し原理主義すぎますかね?笑)。 でも、使えば需要が生まれてしまい、そこに供給が発生するのが世の常です。
「バズ」を好んで自分の首を絞める供給側と、それをただ消費して楽しむ消費者。 世の中に物が溢れすぎて、本来の価値が不確かになってしまったのかもしれません。「高い物より安い物の方が価値がある」というとんちのような価値観が、私たちの生活に刷り込まれている気もします。 でも、安いものは大量生産品ですから、「安かろう悪かろう」に行き着くのは当然の結末のようにも感じられます。
私たちは無意識のうちに自分で自分の首を少しずつ絞め、自分たちの将来の選択肢を少しずつ狭めているのかもしれません。
そう考えると、「SDGs」という概念自体は、決して悪いものではない素敵な提案なのかもしれません。 単なる流行言葉としてではなく、「実態さえ伴えば」、本当に良いものになるかもしれない。
今回、はじめてそんな風に思いました。


