空飛ぶ絨毯と天体望遠鏡。大人になって拗らせた「憧れ」の正体

はつおい歯科室 べいちょうです。

皆さんには、憧れているものはありますか? 私は憧れやすいと言いますか、「感化されやすい」「影響されやすい」というだけかもしれませんが、色々な事に憧れを抱くタイプです。

買ってはもらったけれど、遊べなかったスケートボード

子どもの頃、スケートボードに憧れて、親に駄々をこねて買ってもらったことがあります。

しかし、ああいう乗り物は練習ができる場所がないとどうにもなりませんね。私は坂の多い場所に住んでいて、道路は狭いのに交通量もあり、とても遊べるような環境ではありませんでした。結局、買ってもらったのに殆ど遊ばずじまいで終わってしまいました。 そしてその一件があったせいで、私は親から“そういったもの”を買ってもらえなくなりました。

ちょうどその頃だったか、私がひどく怒った時に「アイス買ってやるから機嫌を直せ」と言われたことがありました。それでも本当に怒りが収まらずに突っぱねたら、その後はアイスすら買ってもらえなくなったような記憶があります。 思い返すと、なんだか変な家庭ですね。

憧れと言うのは、なかなか手の届かない物で、でも手を伸ばせば触れることができそうな……そんなものなのでしょうか。 私はこうした子ども時代のちょっとしたきっかけから、自分にとって「憧れたモノ」というのは「手に入らない物」へと変わっていった様に思います。

拗らせた大人の憧れ。トルコ絨毯と天体望遠鏡

そんな少年がそのまま40近くまで育ちまして、すっかり憧れを拗らせてしまったような、そんな感じです。

小さい頃にアラジンのアニメを見て「空飛ぶ絨毯」に感動し、その後、百貨店で本物のトルコ絨毯を目にしてから凄く憧れていました。それ以来、トルコ絨毯を見るたびに素敵だなぁと眺めています。

また、天体望遠鏡って、何か「本当の世界に近づける魔法のアイテム」という感じがしませんか? いつも見ている星は、実はもっとたくさんそこにあるはずで。でも“大人になる”と、段々と見える星の数が減っていって、いつの間にか月すら見えなくなるんじゃないかという、不思議な恐怖があるのです。

お金があっても買えない理由

小さい頃は、「お金さえあれば買えるのに」と思ったものです。 しかし、いざ大きくなってみるとそんな事はありませんでした。

自分にそれを買う価値はあるのかな?とか。 自分がそれを買ってもいいのかな?とか。

色々なストッパーが頭に浮かんで、それでもどうしても欲しいと願ってしまう。 大人になるというのは厄介なもので、憧れって、本当に不思議な感覚です。

WEB予約はこちらから
WEB予約はこちらから