はつおい歯科室 べいちょうです。
日々努力する原動力ってなんなのでしょうか。 私は努力をしたい人です。もちろんサボったり休んだりもしますが、主たる何かをするために必要な事を「する」あるいは「しない」事が、それぞれつながっているように思います。
一方で、努力を避ける人もいます。何かを言えば必ずその理由を教えてくださるタイプの。基本的に「しない」事を最優先するタイプです。
頭の良い人たちの「自己正当化」
AIに色々な質問をしては面白がっているのですが、政治の事や思想、宗教、信条などについて聞くと面白い答えが返ってきます。
とても頭が良い人たち、色々な知識を持っていて学があるだけでなく、色々な事業をされて実践家である人達。そんな人たちがSNSが盛んな現代では論争を繰り広げています。 私の様な凡人からすれば、知識を突き詰めれば同じゴールに到達しそうなものですが、全くバラバラな意見にたどり着いている印象です。
これがずっと謎なのです。 AIいわく、頭が良いという事がそれを生んでいるそうで。頭が良い場合、真実を捻じ曲げる、あるいは無関係なものを関連付ける、あるいは存在しない物を存在するかのように語る事が上手なのだそうです。「自己正当化能力」ですね。
それ故に「私は正しい!」と言い切れるのが、頭の良い人たちだそうです。
努力を笑う人と、結果に結びつく努力
成功する人の条件というのを考えた時に、私たちはつい「頭がよい人」を思い浮かべがちですが、実際にはそんな結果ではありません。
どれだけ頭が良くても、動かなければ何も生まれません。言い訳や口答えをする人は、ある意味では頭が良いのかもしれません。学生の頃にそれで成功体験を積む人も多いでしょう。 そしてそのまま社会に出ると、うまい具合に「論破」したつもりになった結果、信頼を得られずに何も成し得ないのでしょう。 結果として、統計学的に言えば“頭のいい人は成功しにくい”のだそうです。
そういう人は努力を笑う様な印象です。私の周りにもたくさんいます。 努力する人をみて「かわいそう」とまでいう人もいます。「なんで?」と聞くと「意味がない」と笑ったり。
確かに、無駄な努力はしない方が良いと思います。泥棒をするための努力とか、人からお金をだまし取る努力とか。自分や他人を破滅させるための努力はしてはいけないと思います。 努力をすればいいという問題でもありません。結果に結びつく努力でなければ、笑われても仕方がありません。
例えば私が、政治家になるための活動を始めたら、それは笑われるべきだと思います。診療所をどうするの?従業員とスタッフをどうするの?借金はどうするの?
現実が見えていない、現実を踏まえていない努力だからです。それをするのであれば、まずは患者さんに説明して紹介状を書き、従業員の次の勤務先を探し、借金はすべて返済して、診療所を畳んでからするか、あるいは、自分がいなくても良いあるいはいない方が良い環境を作っていれば話は別ですが。
「やらない理由」を探す呪い
「忙しい」とか「時間がない」とかと口にする人に出会いますが、本当にそうなのか、大変に疑問に思う事が多々あります。あたかも環境がそうさせているかのような口ぶりの人に関して、ですが。
そういう人に限って、「やらない理由」をたくさん教えてくれます。私が「どうして?なぜ?」と尋ねているわけでもないのに、色々な理由や原因を教えてくれます。 もっと簡単に言ってくれれば私も受け取りやすいのです。「私のせいじゃない」と。そう言ってくれれば時間の無駄になりません。その方がまだ評価の下がり方は軽度だと思います。
「頭がよい人」の呪いを持っている人は、失敗する事が出来なくて、そういう意味ではかわいそうですね。 振り返る機会を全て捨てて、責任転嫁の技術と伝達力だけが向上していきます。本質は小学生か中学生のままで。そういう人にとって努力は、忌み嫌うべきものなのかもしれません。
頭のいい人でありたいな、とは思いますが、それだけの人ではいたくないですね。
喋りの上手な人にはなりたいですが、口だけの人にもなりたくはありません。
色々な知識を身に着けたいとは思いますが、頭でっかちなだけの人にもなりたくはありません。
それらの根本にあるべき、感謝の心とか、報恩の精神とか、誠実性や尊敬の念とか
人間性の部分なんでしょうか。そういうのが、必要の様に思います。


