「正しい事は嫌われる」らしい。という毒性

はつおい歯科室 べいちょうです。

「正しい事は嫌われる」らしいです。 私はYouTubeをラジオ感覚でダラダラ流しているのが好きなのですが、そんなYouTubeから流れてきた言葉です。 「正しい事は嫌われるんです」

反対にしてみると、「間違ったことは好かれる」のでしょうか。そういうわけでもないでしょうね。
「正しくない事は嫌われない」の方が正しいっぽいでしょうか。

朝食や赤ワインに見る「心地よい発明」

例えばエジソンは「朝食」を発明したと言われていて、パンを焼く機械を売るために、朝食をとるのが健康的という文化を発明したとも言われているそうです。 朝食を食べると健康であるという絶対的な証明はなくて、実際には不健康につながるという研究結果もあるそうです。そして特に不健康につながりやすいのが、軽食です。パンであったり、パックを絞って口に入れる「エネルギー補給」的な食品は、決して健康的ではないという結果があるとか。

また、例えば「ポリフェノールが健康にいいから赤ワインは健康的」という発明もありました。しかしポリフェノールは果物だけでなく野菜にも入っていて、それにわざわざアルコールである必要はありません。祖父は「酒は百薬の長だ」と言ってアルコールを欠かしませんでしたが、現代では「百害あって一利なし」が正しい見解かと思われます。

耳に心地よい言葉は「よい言い訳」

耳当たりのいい事というのは、たいていが「よい言い訳」であって、「正しさは不要」の様です。 それに、私がこんな事を書いたって、私自身食べる事も好きだしお酒も大量に飲むので、「お前が言うな」という話です。

ただ、その“言い訳”をあたかも正しい事かのように言う事には、一定の不快感があって。 健康食品を食べたら不健康になるって、社会的にダメな事じゃないですか? 何をもって健康的かとか、定義とか理由づけとかいろいろあって「健康だ」と言い張る事は出来るのかもしれませんが。

私がビールを飲んで不健康になるのは、誰もが「自業自得」と理解していて納得している事でしょう。しかし、健康のために朝食を摂って、それが不健康になるのだとしたら、私はあんまり許せないんですよね。 (「摂って」と表記したのは、現代人にとって朝食が食事というより「摂取」に近いと感じたからです)

サプリメントに頼った両親の記憶

私の母は「健康」とかと聞くと、すぐに手に入れたがる人でした。それこそ「赤ワインのポリフェノール」はぐっと来たみたいですね。色素が良いとパプリカを食べたり、アンチエイジングにアスタキサンチンをと、大量のサプリメントも出てきました。実は父もそんな人で、同じく大量のサプリメントが出てきました。

しかし母は66歳で、父は70歳で亡くなっています。 そもそもの生活習慣の偏りや良くない感覚があって、それのバランスを無理やり取ろうと思ってサプリメントに行くのかもしれません。結果的に、サプリメントを摂る人が不健康、という結果すら出かねないかも? 因果関係ではなく相関関係というやつです。

単純に色々なものを食べて早く寝るのが一番かと思われます。

「正しさ」の主張に潜む快感と毒

しかし、たとえ正しい事を言っていたとしても、それは聞く側にとっては都合の悪い事であって。耳に心地よい「健康」という文言を否定する事は、その人の心のバランスが取れない事を宣告するようなもので、やっぱり嫌われてしまいますね。

そんな『「正しさ」を主張する事』には、実は「正義」という謎の物質が加わっていて、正しさの主張自体が快感になるそうです。今度はその言い訳として、「正しい事は嫌われる」があるのだと思います。 頭の中で「自分が嫌われるのは、正しい事を言っているからだ!」に変換されて。

いずれにせよ、耳に心地の良い言葉というのは毒があって、何かの言い訳としてちょうどよく、都合がよい様に組み立てられている様です。 人は、自分を正当化してくれるナニカに安堵できるのかもしれませんね。

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