はつおい歯科室 べいちょうです。
時の流れが、なんだかすごく早く感じています。 あれもこれもと色々な事をやっていたら、いつの間にか9月。すでに来年の予定も入り始めていて、「あれ?もうこんな季節?」と驚くばかりです。
なんだか、1年の区切りの様なものが曖昧になっている様な感覚です。 1月スタートなのか、4月スタートなのか、あるいは8月スタートなのか。なんだか何度も「年始」を感じている様な気がします。 今年は期限のあるタスクが多かったからかもしれません。この日までにこれをやって、その日までにはあれをやってと、少し色々な事に手を出し過ぎた様です。毎月、月の終わりと始まりには歯科医師会へ行くのですが、「あれ?もう1ヶ月経ったの?」という事もあれば、逆に「あれ?何だか久しぶりかも?」と感じる月もありました。
ゾウの時間、ネズミの時間。時間は平等ではない?
私は子どもの頃から、時計の秒針を確認する癖がありました。 不思議なことに、見るたびに秒針の進む速さが違うように感じるのです。すごく速く動いている時もあれば、ゆーっくりと回っている時もあります。私はそれを見て、「あ、自分は今あせっているんだな」とか「あ、今は安心できているんだな」といった、自分の心の状態の確認をしていました。
動物には、心臓が鼓動できる生涯の回数が予め決められている。どこで読んだのか、私は昔からそう信じています。 小動物であるネズミは、あれだけ小さい体を維持するために凄い速さで心拍しています。一方、ゾウなんかはあの大きな体を維持するために、ゆっくりと心臓が拍動しているそうです。血管の大きさが全く違うからなのだと思うのですが、どの動物も生涯の拍動回数はだいたい同じはず。なぜだか小学生の頃から、私はそう信じてきました。(相棒のGeminiが教えてくれました。「アロメトリーの法則」という広く知られた説だそうです。)
そこで思ったのが、「時間は平等と言うけれど、それは嘘だ」という持論です。 時間は人それぞれで、決して平等なんかじゃありません。だって、秒針の動きがその人の心境によって遅くなったり早くなったりするのですから、全員が同じ時間を生きているはずがないのです。
デジタル時計の衝撃と、宇宙戦争のパニック
小学校も高学年になってくる頃に、デジタルの時計が流行りました。カシオのG-SHOCKはなんだか私の憧れでした。 しかし、そのデジタル時計を手にして不思議な感覚に陥りました。アナログの秒針だと、その瞬間ごとに時間の進み方が違って見えたのに、デジタルで表示される0から59までのカウントアップは、いつ見てもそんなに違いが感じられないのです。私はその時、「何か別の次元に迷い込んだんじゃないか」と、アナログとデジタルの時計を真剣に見比べたりしたこともありました。
私は昔から、この手のSFに弱いようです。 ある時、ラジオドラマの『宇宙戦争』を事実だと完全に信じ込んでしまい、今は懐かしいWindows98のパソコンで必死に検索したり、父が見ているテレビのチャンネルを強引に変えたりして、「世界がおかしくなる!!」と一人で大パニックになった事を、今でも時々思い出します。
「だとしたら何なんだ?」と、毎日を真面目に生きる
私たちの脳内で処理されているこの世界と、実際の世界には、一体どんな隔たりがあるのでしょう。 私たちが普段見たり聞いたりしている世界は、私たちの脳が作り出して見せてくれている「順応の果ての世界」であって、もしかしたら現実の私たちは、映画のように荒廃した世界の中をただ彷徨っているだけなのかもしれない。……SF好きの妄想が過ぎますが、ふとそんな空想に陥って不安になってしまう事があります。
しかし、結局行き着くのは「でも、だとしたら何なんだ?」という答えです。
アナログの時計とデジタルの時計で、私が感じる世界に違いがあったとしても、世界の時計は今日も大体同じように動いています。自分だけが取り残されるような感覚に一抹の不安を覚えることもありますが、やっぱり「だとしたら何なんだ?」ですよね。
なぜなら、脳が見せている幻であろうと何であろうと、結局今の私に出来る事は、目の前の現実に向き合い、毎日真面目に生きていく事くらいしかありませんから。先日、現実逃避のブログを書いておいてなんなのですが。でも結局は歯科医師として出来る事をやる。出来る事を増やす。枠にとらわれずでも軸をブラさぬように。

