新しい季節

新しい季節

はつおい歯科室 べいちょうです。

新しい季節。 私は新しい事にワクワクするタイプの人間ですが、みなさんは如何でしょうか。

中には反対に、「新しい」というだけで反感を覚える人もいる様に思います。 これは生まれ持った性質であって、良い悪いという種類の話ではありません。

しかし、私は自分が「得な性格」をしているなと思います。 世の中は常に変化していますから、もし何も変化していない環境を望むとしたら、社会から隔絶するか、周囲の変化を無視し続けるという「途方もない努力」が必要になりそうです。

とはいえ、常に変化する事は、私にとってもストレスではあります。 なにせ私は、自分で言うのもなんですが、意外とネガティブで神経質な人間ですから。 ちょっとした変化でも、大変なストレスを感じます。

でも、ストレスがあっても、ワクワクする訳です。 何故でしょう。

例えば私は、風邪をひいてもあまり薬を飲みません。 熱が出ていても、「これは体がウイルスと戦って熱を出しているんだ! 自分は元気なんだ!」くらいに思います。 もちろん、体は感染と戦ってエネルギーを消費しているので疲れています。 しかし、「体が疲れているから」といって、「気分まで落ち込ませる必要はない」と感じる訳です。「薬なんて飲んだら調子が崩れてしまう!」と思ってしまうわけです。(しかし仕事が終わると一気に「もう無理・・・」と反動が来たりもしますが。)

先日、スキーに行った時の事です。 周りを見ながら「混んでいるなぁ」なんて思いつつ、スキーブーツを履くために力を入れた、その瞬間。

ぎっくり腰になりました。

スキー場に着いたばかりですから、そのまま帰るという選択もあったかもしれません。 息子に「今日は見える範囲だけで遊んでくれ」とお願いする事もできたはずです。

しかし私は、**「いつも通り滑る」**という選択をしました。

ただ立っているだけでも、座っているだけでも激痛でしたが、滑りました。 息子には「スピードを出し過ぎないでね」とお願いをして、スクールに入ってもらって少し休んだりもしながら。 滑っている間も、止まっている間も、リフトに乗っている間も、激痛。 帰りの車も、振動やカーブの遠心力でやはり激痛でした。

本当は安静にするべきだったかもしれません。 痛みに負けて、ただ落ち込むこともできたでしょう。

ただ、人間が感じる「痛み」は、気分によって増減します。 医学には**「閾値(いきち)」**という考え方があります。

寒くなると「痛みの閾値」が低下して、普段痛くない場所がうずいたりします。 逆にアドレナリンが出ていると、閾値が上がって痛みを感じなくなります(興奮状態で麻痺している、なんて言いますね)。

これと同じで、気分が落ち込むと痛みの閾値が低下し、痛みを感じやすくなります。 痛いから気分が落ち込んで、気分が落ち込むからさらに痛む。負の相乗効果です。 逆に、気分が晴れると痛みの閾値が上昇し、痛みを感じにくくなります。 痛みが和らいで気分が晴れて、気分が晴れて痛みが和らぐ。こちらは正の相乗効果です。

もし自分でコントロールできるものがあるとしたら。 それは**「気分のコントロール」**だと思います。

スキーを滑りながら落ち込むというのは、結構難しいものです。特に私のような初心者には。 痛みがあっても、落ち込むスキ(隙)は与えませんでした。

私は周囲から「ポジティブな人間」に見られがちですが、恐らく本質は超根暗で、恐ろしくネガティブです。 ただ、「行動力」があるのかもしれません。

  • 太陽を浴びると気分が軽くなる
  • 運動をすると気分が軽くなる
  • 人に会うと気が軽くなる
  • ご飯を食べると気が軽くなる

こうした「気が軽くなる(=痛みを遠ざける)」行動を、ネガティブだからこそ、意図的に実行できる行動力があるのだと思います。 「仕事をすると気が軽くなる気がする!」と、自分に良い思い込み(催眠)をかける努力。 自分の思い込みをコントロールできている感覚も、私は楽しいのです。

さて……。

この反対をやっている人、いませんか? **「自分を苦しめる努力」**をしている人、いませんか?

つらい時に、暗い部屋で一人「落ち込んでいる自分」を体現すると、本当に体のどこかが痛くなってきたりします。 食欲がわかないとか、人に会いたくないとか、気持ちは痛いほどわかります。 でも、それで一番苦しむのは、結局「自分自身」のような気がするのです。

私が強かったり、鈍かったり、馬鹿だから、そう言えるのでしょうか。

「そういう時には、とことん問題と向き合う必要がある」とよく言われます。 だとしても、「落ち込むこと」は「向き合えていること」とは違うと私は思うのです。

言葉にするのが難しいですが、「深く落ち込む」ことも「過剰に興奮する」ことも、ある種の「自己陶酔」なのではないでしょうか。

本当の「向き合う」とは、なんでしょう。

私は、**「将来の自分の為に、今できる事を探す事」**だと、そんな風に思います。 新しい季節、変化を恐れず、今できる行動を探していきたいですね。

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